2008年6月 7日 (土)

高関健のマニアな世界

 京響513回定期は、高関健さんの指揮で、少し変わったプログラムが披露された(6日。京都コンサートホール)。

 1曲目は、メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」。ただし、メンデルスゾーンがロンドンで初演した後に、翌年に2楽章以降を改定した際の楽譜によるものである。通常の版に慣れた耳には、かなり違和感を感じさせる。一般に異稿というと、改訂版が決定稿とされ、初演版が埋もれていたりするものだが、この曲では初演版が決定稿となっている。この異稿があとにできたはずだが、むしろ初演版の方がすっきりとまとまって感じられる。というよりも、初演版の方が外面的な華やかさがある。それに対して、この稿は、やや渋い仕上がりとなっている。どちらがいいかと優劣をつけるべきものではないが、このイタリア交響曲の何か底抜けな明るさが気になる私としては、今回の異稿の方が、より3番や5番の交響曲の世界に近く、好きである。

 続いて、バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番。独奏は、松山冴花さん。仙台コンクールの覇者で、関西でも何度も演奏されているが、聞くのは初めて。難曲だが、音の力強さが印象的である。大きい音から小さい音まで、また、高い音も低い音も、どのような場面でも十分な響きを保って演奏できる人であり、オーケストラに負けない演奏として、実に協奏曲のソリスト向きである。曲自体は、あまり好きではないので、ヴァイオリンの独奏だけが印象として残った。

 ここまで前半2曲が終って8時25分である。短いプログラムならば終演の時間であるが、ここから休憩を挟んで後半は、オネゲルの交響曲第3番。近現代の曲を得意とする高関さんらしい選曲である。こうした曲はオーケストラが上手いと映えるが、今回は京響がかなり健闘して、見事な演奏になった。

 最後にコンサートマスターのニキティン氏の退団が発表された。これからコンサートマスターが渡邊さんだけになるがどうするのだろう(シンフォニカーから移籍した田村さんを昇格させるのか?)

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2008年5月26日 (月)

新イタリア合奏団

 コカコーラによる招待公演。招待されて言うのも何であるが、京都コンサートホールの大ホールに10名強の弦楽合奏団というのは、少し迫力不足である。いずみホールくらいの規模のホールで聴くともっとすごかっただろう。というのは欲張りか。

 今日は、チェンバロの曽根麻矢子さんとフルートの高木綾子さんがゲスト参加。共にJクラシックを代表する才色兼備の人気ソリストである。ただし、これも楽器の性格もあって少し物足りない。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2008年4月27日 (日)

オペ管「リゴレット」(演奏会形式)

 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の第41回定期演奏会として、ヴェルディの「リゴレット」が演奏会形式で取り上げられた。指揮は、今年度から山下一史の後を次いで首席に就任した韓国人のチャン・ユンスン。

 オーケストラの定期演奏会なので、まずは管弦楽から。ヴェルディの作品は、びわ湖ホールが積極的に取り上げてきたので比較的たくさんの作品に接しているが、今日はとてもオーケストラが軽やかだった。これは、編成やホール、作品などにもよるが、ヴェルディというイメージよりもロッシーニと言ってもよい雰囲気を持っている。それは決してマイナスではなく、この陰惨なドラマを浮き浮きとした明るさでもって進めたし、歌を引き立たせる役割を果たした。この指揮者はなかなか注目してもよい人かもしれない。

 歌では、題名役の田中勉さんが抜きん出て素晴らしい。声量はもちろん、感情表現なども含めてベテランの存在感を示した。

 ジルダの松下美奈子さんも若いが素晴らしいソプラノである。清潔感のある歌い方と、オーケストラに負けない張りのある声の持ち主である。コロラトゥーラなど正確に歌おうとするためか固い感じがするが、舞台経験を重ねられればきっとよい歌手になられると思う。

 公爵の小餅谷さんはやや不調か。といってもベストの状態は存じ上げないのだが。この歌の一番の聴かせどころである女心の歌(風の中の羽のように~)を歌っても、まったく拍手すらおきないのは、かわいそうですらあるが、完全に前の2人に食われた感じである。ただ、この曲がずばっと決まらないと、何か損をしたような気になるのも確かである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月20日 (日)

京フィル「現代音楽の楽しみ」

 京都フィルハーモニー室内合奏団の第158回定期公演は、「現代音楽の楽しみ」と銘打った、現代音楽づくしのチャレンジングなプログラミングである。

 こうしたプログラムの例にもれず、いつもの定期公演よりも客席に空席が目立ったが、楽団と聴衆の双方が育つこのような演奏会は、大事である。

 1曲目は、ジュリアン・ユーのPhilopentatoniaは、五音音階を基本にした作品。とはいっても、現代音楽的色彩が強いので、五音音階とか、中国風というのはそれほど意識せずに聴いた。冒頭の自然の中に吹き渡る風が起こす音のような部分から、音楽が次第に増殖していく様など、なかなか面白い。

 2曲目は、松村禎三のアプラスの庭は、フルート、ヴァイオリン、ピアノによるトリオの作品。フルートの竹林さんのフルートが魅力的。

 3曲目は、バッハの「フーガの技法」を今日の指揮者の野平一郎さんが編曲した作品から3曲が抜粋して演奏された。バッハは、もちろんずっと過去の作曲家であるが、東京では、バッハと現代作品を並べて演奏するシリーズがあるように現代曲との相性がよいようだ。それは、バッハの機能的なところが、現代作品に通じるからかもしれない。今日の場合は、現代作品の中に置かれた一服の清涼剤か。2曲目の「オクターブのカノン」のマリンバ、ハープ、チェレスタの出す幻想的な響きは格別

 後半の4曲目は、武満徹の「ア・ウェイ・アローン」。オーケストラの定期演奏会になぜか弦楽四重奏?という感じだが、今日のプログラミングの中ではしっくりとくる。武満さんの響きとかしか言いようのない音楽にうっとりとさせられる作品

 そして最後が、指揮の野平さんの作品「ドゥーブル」。これが結局、一番難解だった。他の作品は、それぞれ野平さんによるていねいな解説があったが、この曲の解説が分かりにくかったからかもしれない。やはり自分の作品を語るというのは、気恥ずかしさがでるのだろうか。それとも他人の作品だからこそ、客観的な視点で、的確なコメントができるものなのか。

 いずれにせよ、それぞれ編成も違えば、音楽の雰囲気も違うという演奏する側にとってはたいへんそうだが、聴いている方は楽しいプログラミングだった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年4月19日 (土)

京響の新しい時代へ

 京都市交響楽団の新しい常任指揮者 広上淳一さんを迎えての初めての定期演奏会が開かれた(18日。京都コンサートホール)。

 常任指揮者が変わったといって即座にオーケストラが変わるものではないだろう。しかし、今日の演奏は、いつもの大友さんの演奏とは明らかに違う音楽を奏でていた。それは、広上さんと楽員との新しい音楽を作ろうという意気込みの現われだろうか。

 確かに、音がそろっているかといった点だけでいえば、大友さんが振ったときの方がバランスが整えられ、聴きやすい音になっているのは確かである。そうした点から見れば、今日の演奏は、キズの多い演奏ということになるだろう。

 しかし、大友さんが常に端正な演奏を崩さなかったのに対し、広上さんの棒の下に繰り出される音楽は、表情が豊かで、魅力的である。

 前半のハイドンのロンドン交響曲は、1月に井上道義さんの指揮で演奏された前期の交響曲と違い、最後期の作品らしく、華麗で明るい演奏に仕上がっていた。最近のサクサクっとした軽いハイドンとは違い、時代考証よりも音楽の楽しさを優先させたような演奏である。

 後半のシェエラザードも、京響のレヴェルの高さを活かした選曲である。広上さんの指揮にまだなじまないのか、精度は今ひとつであるが、これまでの京響から聴かれなかった、積極的で力強い演奏が聴かれた。

 これまで、京響は、上手いが、おとなしいオーケストラと言われてきたが、これを機に、上手くて、かつ、熱く燃える演奏を期待したい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

«梯剛之「ベートーヴェン3大ソナタ」