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2007年9月30日 (日)

大友直人のエルガー

大友さんが京響の常任指揮者になって7年目であるが、常任としては最後のシーズンを迎える。最近では、以前の定期で取り上げた曲を再び取り上げることも多く、正直7年というのは長いかなとも思われる。今日の定期で演奏されたエルガーの交響曲1番も、4年前に取り上げたばかりである。

しかしながら、聴いてみると4年前よりは格段の深化が感じられる。エルガーは以前から大友さんの十八番であるから、大友さんの曲への理解が進化したのではなく、大友さんと京響の関係が深化したのであろう。以前は、ひたすら長い中にいきなり金管がバカバカ鳴りたてる騒々しい曲であったが、今日はまさにノビリメンテ(気品のある)で、かつ、堂々とした演奏であった。まさに、京響との関係が一番深まった最良の時期に、自分の最も得意とする音楽でもってその成果を聴衆の脳裏に刻みつけようとするかの演奏である。

その前に演奏されたエルガーのチェロ協奏曲も素晴らしい。独奏の横坂源は初めて聴くが、最近聴いた若手のチェリストでは断然すばらしい。この間聴いた古川さんを上回ることは言うまでもない(古川さんも5年前に京響とこの曲を共演している。)。

エルガーのチェロ協奏曲というと、デュプレの演奏を思わずにはいられない。何枚かあるCDでもついデュプレを選んで聴いてしまうが、横坂さんの演奏にはデュプレにも通じるパッションが感じられる。高い音でも音の厚みをもったまま、一気に突入し、チェロが叫んでいるかのような音を引き出す。一方、チェロ本来の低い音域もオーケストラに負けない堂々とした響きでもってチェロの魅力を堪能させてくれる。

いつもは協奏曲のときは一歩引いた演奏をすることの多い大友さんであるが、今日はエルガーだからか、それともソリストが若いからか、積極的な演奏で、独奏とがっぷり四つに組んだ音楽を聞かせてくれた。

大友さんは、歴代の常任指揮者の中では個性が薄く、後世ではあまり特徴のない時代と語られるかもしれないが、今日の演奏会などは、まさしく大友時代を象徴する一つの演奏として、将来語られるような演奏になったのではないかと思う。

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2007年9月16日 (日)

京都の秋音楽祭開会記念コンサート

京都の秋音楽祭の開会記念コンサートを聴きに行った。このコンサート、以前は市民の招待枠が多く、コンサートホール友の会の枠もあったのだが、今は400名のみの招待で後は有料である。とはいえ、1,000円と格安であるからお得である。しかも、今回はドヴォルザークのチェロ協奏曲とショスタコーヴィチの交響曲第5番という重量級のプログラムである。

最初は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲から。ソロは、京都出身ということで何度かこのホールにも登場している古川展生さん。古武道というユニットを組むなどメディアの露出も多い若手チェリストであるが、これまで聴いた印象では、もう一つぱっとしない。今日の印象もたいして変わらなかった。

それはおそらく、協奏曲のソリスト向きでないことにあるのだろう。ソロとしては、オーケストラに埋もれない輝かしい音色とか、立ち上がりのよい発音だとか、激しいパッションとかそういうものが欲しいが、そういったものが希薄である。たまに、少し頑張ると音が粗くなってくる。結局、最後まで協奏曲らしい雰囲気が味わえなかった。

後半の交響曲についても、全体的に地味なところは変わらない。今日の指揮者は高関健さんであるが、オーケストラをまとめる能力は高いだけに実に整った響きはするのだが、いかんせんスケールに欠ける感じがする。今月に入ってからN響、読響と16型の大編成のオーケストラを続いて聴いただけに、なおさら14型の京響はパワーが足りないように感じたのかもしれない。ショスタコらしい、重戦車が攻めてくるような迫力はなく、肩透かしを食らったような感じである。

まあ、安さに釣られて出かけていったので、演奏も値段相応というところでした。

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2007年9月15日 (土)

読響大阪公演

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(長いので、以下「SS」)の指揮に接するのは、N響の京都公演以来2回目である。10月で84歳になるのだから非常に高齢であり、来日するだけでも大変だろうが、今年から読売日本交響楽団の常任指揮者に就任している。その関西でのお披露目の公演である。

最初は、モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」序曲。といってもブゾーニが編曲したものというからただものではない。そのような版があるということ自体、初めて知ったくらいである。曲は、最初はモーツァルト自身の序曲であるが、途中からドン・ジョバンニの幕切れの六重唱につながるというもの。たいして面白いとも思わないが、モーツァルトの部分は淡々と振っていたSSが、ブゾーニのところに入ると途端に振幅が激しくなるのが面白い。

続いてルトスワフスキの交響曲第4番。ルトスワフスキは「管弦楽のための協奏曲」が有名だが、交響曲を聴くのは、もちろん初めて。最近の現代音楽よりは聴きやすいが、あまり何度でも聴きたい曲ではない。今日は、テレビカメラが入っていたが、この曲は撮影もしていなかったということが、よく物語っている。

本日のメインは、ブルックナーの交響曲第3番。高齢の指揮者でブルックナーといえば、大阪の音楽ファンは故朝比奈隆氏を思い出さずにはいられない。その聖地とも言えるザ・シンフォニーホールにあえてブルックナーをもってくるのであるから、興味をひかれるところである。

それでどうかというと、印象としてはかなり違う。オーケストラの違いも大きいであろう。朝比奈さんの手兵の大阪フィルは、もっともっちゃりしているというか、重心の低い音楽であるのに対し、読響はかなり機能的である。そのため、朝比奈さんでは気づかないような音楽の細部が明らかになるのに対し、スケールが小さく感じられる。SSが振ると、楽章ごとの性格も際立っているし、全体的にきびきびとした感じがして、スマートではあるが、朝比奈さんになじんできた当方としては、ちょっと違うという感想である。

いずれにせよ、これだけの長い曲を譜面も見ずに振りとおすのであるから、たいしたものである。これだけお元気ならば、3回目の指揮姿を見る機会もあるかもしれないと思うと楽しみである。

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2007年9月 3日 (月)

沼尻竜典指揮N響

今年から若杉弘の後を受けてびわ湖ホールの音楽監督に就任された沼尻さんが指揮されたNHK交響楽団の演奏会に行ってきた。さすがにN響だけあり、満席である。

1曲目は、R.シュトラウスの「ドン・ファン」。最初は、久しぶりに聴いたびわ湖ホールの音響に少しとまどったが、慣れてくるとN響のよさが感じられる。京響よりも弦楽器が10人近く多い16型の編成のため、表現に幅があるし、演奏者にも余裕が感じられる。それがメリハリとなって様々な場面を活き活きと描き出している。

2曲目がメインといってもよい、村治佳織を独奏に迎えた「アランフェス協奏曲」。説明を要しないギターの有名曲である。村治さんの演奏は何度か聴いているが、アランフェスは初めてである。

冒頭ギターから始まる最初の数小節で村治佳織の世界に魅了された。実に自然で気負いのない演奏。正確さとか異国情緒とかそういった尺度では測れない魅力がある。思うにプロのギター奏者というのは、生涯に数え切れないくらいアランフェスを弾くのだろうが、今日の演奏は、何年かぶりに久しぶりに弾いてみましたというような新鮮な感じが漂っていた。

続く2楽章もすごい。冒頭のコールアングレのソロを除けばひたすらギターが主役であり、オーケストラの存在が消えてしまうようだ。これも哀愁とかいう表現ではない。一切の人間の感情の入り込む余地のないあるがままの自然の世界である。

第3楽章だけは、オーケストラが主導権を取り、それに合わせた感じがうかがえたが、それでも通してみるとこれまで聴いた実演でもナンバー1の演奏である。これだけでもびわ湖ホールまで出かけたかいがあった。

といっていたら、ほんとにこれだけになってしまった。後半は、ツェムリンスキーの人魚姫という作品。ツェムリンスキーは以前、芦響だったかどこかのアマオケで聴いたが、それ以来であり、おそらくCDも持っていない。私的にはどうでもいい作曲家であるが、その印象は変わらない。確かに魅力的な部分もあるのだが、全体的な構成力が弱いのか、もう一つ集中して聴けない。はっきり言って苦手な作曲家である。

ということで、後半はぼーっと聞いていたが、アンコールのバッハのエア(G線上のアリア)は良かった。良く誰ぞが亡くなったときに追悼で演奏されるが、何ゆえ芸術監督就任演奏会のアンコールにこの曲をもってくるのか不明ではあるが、少しばかりなぞがあった方が今後が楽しみというもんです。

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