ミュージックフリー
京都コンサートホールで昼の12時から6時まで連続して様々な公演が行われる「ミュージックフリー」だが、今回は意外と客の入りが悪かった。秋の天気のいい1日をずっとホールで過ごすというのも少し奇特な過ごし方かもしれないが、ちょっともったいない感じがする。
全体は5部に分かれているが、一番印象に残ったのは、ソプラノの幸田浩子さん。人気先行かと思いきや、なかなかに歌の実力もある方である。全体的に素直な感じの歌い方である。ソプラノの声質的には、リリコ・レッジェーロであろうか。軽い感じがする。そういう意味では、ルチアの狂乱の場は少し感じが違う。もう少し重さというか、ドラマチックな感じがほしいが、このアリアを歌うのに必要な水準には達していると思う。容姿も美しいので、オペラやオペレッタでも活躍してほしい方である。
もう一つを挙げると、打楽器の宮本妥子さんと中路友恵さんによるプログラムが興味深い。クラシックもいろいろと聴くが、打楽器だけの公演というのはほとんど聴かないので、こういう機会でもなければ、耳にしない音楽ばかりである。
打楽器というのは、クラシックの世界では歴史が浅いだけに、いろいろな可能性があり奥深い楽器である。クセナキスの「ルボンb」は繰り返しのリズムが原始的な興奮を起こさせる曲である。ライヒの「マリンバ・フェイズ」はリズムのずれが知的に計算されていて面白い。ジェフスキーの「大地への賛歌」は植木鉢を叩いて曲を作るという素朴さが印象に残る。ホルストの「木星」をマリンバに編曲したものも原曲のイメージを良く残した素晴らしい演奏であった。
最後の狂言と京都市交響楽団の公演は、同じ趣向で以前にもあったが、今回新作が誕生した。以前の作品は、くるみ割り人形の組曲をベースにした作品で、京響の50周年記念全国ツアーでも取り上げられたので、地方でも聴かれた方もあるかもしれない。今回は、いろんな作曲家の作品を寄せ集めて作られているので、名曲コンサートの趣である。狂言の話は、「ツキ」がないことをぼやく青年が、「月」のかけらを探すうちに人生を見つめなおすという、文章にしてみると駄洒落のような作品である。茂山正邦、茂山茂の両名の好演もあり、話的には面白い。最後、いくぶん道徳的になったのは少し白けるところである。音楽も、キャンディード序曲から、火の鳥、カルメン、マイスタージンガー前奏曲と盛り上がる曲が満載であり、飽きさせない。しかし、狂言の話とクラシックが有機的に連携しているかというと疑問である。狂言は狂言、クラシックはクラシックでもそれぞれ十分に成立すると思うからである。1たす1が単純に2になっただけの企画である。
そう考えると、このミュージックフリー、1+1+1+1+1が何になったのであろう。5以上であればよいが、全体の印象としては3くらいか。
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