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2007年10月28日 (日)

ミュージックフリー

京都コンサートホールで昼の12時から6時まで連続して様々な公演が行われる「ミュージックフリー」だが、今回は意外と客の入りが悪かった。秋の天気のいい1日をずっとホールで過ごすというのも少し奇特な過ごし方かもしれないが、ちょっともったいない感じがする。

全体は5部に分かれているが、一番印象に残ったのは、ソプラノの幸田浩子さん。人気先行かと思いきや、なかなかに歌の実力もある方である。全体的に素直な感じの歌い方である。ソプラノの声質的には、リリコ・レッジェーロであろうか。軽い感じがする。そういう意味では、ルチアの狂乱の場は少し感じが違う。もう少し重さというか、ドラマチックな感じがほしいが、このアリアを歌うのに必要な水準には達していると思う。容姿も美しいので、オペラやオペレッタでも活躍してほしい方である。

もう一つを挙げると、打楽器の宮本妥子さんと中路友恵さんによるプログラムが興味深い。クラシックもいろいろと聴くが、打楽器だけの公演というのはほとんど聴かないので、こういう機会でもなければ、耳にしない音楽ばかりである。

打楽器というのは、クラシックの世界では歴史が浅いだけに、いろいろな可能性があり奥深い楽器である。クセナキスの「ルボンb」は繰り返しのリズムが原始的な興奮を起こさせる曲である。ライヒの「マリンバ・フェイズ」はリズムのずれが知的に計算されていて面白い。ジェフスキーの「大地への賛歌」は植木鉢を叩いて曲を作るという素朴さが印象に残る。ホルストの「木星」をマリンバに編曲したものも原曲のイメージを良く残した素晴らしい演奏であった。

最後の狂言と京都市交響楽団の公演は、同じ趣向で以前にもあったが、今回新作が誕生した。以前の作品は、くるみ割り人形の組曲をベースにした作品で、京響の50周年記念全国ツアーでも取り上げられたので、地方でも聴かれた方もあるかもしれない。今回は、いろんな作曲家の作品を寄せ集めて作られているので、名曲コンサートの趣である。狂言の話は、「ツキ」がないことをぼやく青年が、「月」のかけらを探すうちに人生を見つめなおすという、文章にしてみると駄洒落のような作品である。茂山正邦、茂山茂の両名の好演もあり、話的には面白い。最後、いくぶん道徳的になったのは少し白けるところである。音楽も、キャンディード序曲から、火の鳥、カルメン、マイスタージンガー前奏曲と盛り上がる曲が満載であり、飽きさせない。しかし、狂言の話とクラシックが有機的に連携しているかというと疑問である。狂言は狂言、クラシックはクラシックでもそれぞれ十分に成立すると思うからである。1たす1が単純に2になっただけの企画である。

そう考えると、このミュージックフリー、1+1+1+1+1が何になったのであろう。5以上であればよいが、全体の印象としては3くらいか。

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2007年10月27日 (土)

大フィルUMEDA演奏会

梅田芸術劇場といえば、主にミュージカルなどが上演される会場であるが、定期的にクラシックの公演も開かれているようである。今回、初めてこの会場でクラシックのコンサートを聴いた。

お目当ては、金聖響指揮するところのマーラーの復活。マーラーの交響曲の中でも8番に次ぐスケールを持った大作であり、祝祭的な機会に演奏されることも多い曲である。この曲は、これまで何度も聴いているが、今日の演奏は、一言でいえば、温かみのあるマーラーである。

これが、金さんの指揮によるところか、ホールの音響の特性によるものかは分からないが、マーラー特有の分裂症的な感じが希薄であり、とても真っ当な作品に思える。ある意味で、マーラーが、シューマン、ブラームス、ブルックナーらのロマン派交響曲作家の影を色濃く反映していることが理解できる演奏である。

音質的にも高音や低音よりも中間的な音に厚みがあり、木管、金管の各楽器が溶け合っている感じがする。どんな曲を演奏しても同じように聞こえるのであればホールとして問題があると言わざるを得ないが、クラシック専用でないことを考えると十分な音響である。金聖響の指揮もむやみに感情を爆発させるのではなく、第2楽章や第4楽章の穏やかな部分での極め細やかさが印象的である。「えっ、大フィルってこんな音色だっけ」と思わせるような演奏であった。

ただ、反面、楽章間の違いが際立たないのは残念。第1楽章と第2楽章との間は、作曲者の指示に従い、たっぷりとした時間を置いたが(約3分)、音楽的に第1楽章とそれ以降との違いを感じられなかった。それでも、最後に向かっての盛り上がりは見事。大フィル合唱団も好演であった。

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2007年10月19日 (金)

大阪センチュリー京都公演

大阪センチュリー交響楽団の京都特別演奏会を聴く。指揮は首席指揮者の小泉和裕。

何といっても今日のお目当ては、ベートーヴェンのピアノ協奏曲のソロを務めたオリ・ムストネン。期待にたがわぬ素晴らしい演奏であった。

第1楽章のピアノが最初に登場するところから、既にムストネンの世界に引き込まれてしまった。決してきれいな音ばかりを使うのではなく、硬い音や激しい音も含めて実に多彩な表現である。決してベートーヴェン的ではないかもしれないが、ムストネンのこだわりは感じられる。この多彩な表現を可能にしているのは、素晴らしく粒の揃ったきれいな高音や、左手と右手とのバランス、そして良く回る指といったテクニックに裏付けられていることが感じられる。先週聴いた小菅優もそうだが、現在の第一線のピアニストはそのまま楽譜どおりにベートーヴェンを弾いてよしとはしないのだろう。

これに対してオーケストラは悠然と、それこそベートーヴェンの音楽を奏でている。協奏曲がオーケストラとソロの対話ならば、若造の挑戦を軽く受け止める大家の様相である。それに不満なのか、ムストネンが正に指揮をするかのようにピアノを弾いていた(この人は、実際に弾き振りもする。)。一度、指揮もピアノもムストネンに任せてみたらどのような音楽をするか興味深いところである。

後半は、ブラームスの交響曲第4番。何度も聴いた曲であるが、あらためて名曲と感じた。前半のように演奏者の素晴らしさを感じさせるのが一つの理想の演奏ならば、それよりも曲の素晴らしさを感じさせるのが更に上の理想の演奏ではないかと思う。今日の演奏はまさにブラームスの魅力を存分に味わわせてくれるものであった。各楽章それぞれ味わい深いが、特に「パッサカリア」という古風な形式による第4楽章が印象深い。音楽が盛り上がっては落ち着きと、まさに波のように浮き沈みしながら、進んでいく。その揺れにひたすら身を任せているしかないという至福のひと時であった。

アンコールのバッハの「エア」も見事。ブラームスの古風な第4楽章から違和感なくつながる構成も見事であるが、演奏が終わっても長い沈黙のあいだ誰一人拍手をしなかったお客さんも見事。というよりもその静寂こそが最良の音楽と思える演奏であった。小泉さんの実力を見直した演奏会であった。

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2007年10月13日 (土)

シンフォニーホール・ガラ1

2日にわたって行われる、大阪のザ・シンフォニーホールの開館25周年記念のガラ・コンサートの1日目を聴いた。

ザ・シンフォニーホールは、東京のサントリーホールよりも前に本格的なクラシック音楽専用ホールとして誕生した。私が、最初にこのホールで聴いたのは、1993年のことだと思うので、15年くらいのお付き合いになる。その後、いろんなホールを聴いたが、いまだに最も好きなホールである。

さて、その記念のコンサートであり、ソプラノの鮫島有美子、ヴァイオリンのイリア・グリンゴルツ、ピアノのブーニン、バンドネオンの小松亮太が登場する豪華なもの。オーケストラは金聖響指揮の大阪センチュリー交響楽団。

ところで、ガラ・コンサートというのは幕の内弁当のような感じがする。いろいろとおいしそうな料理が入っているが、何かこれを食べたと言えるものがない。ガラ・コンサートもいろいろな演奏を楽しんだが、これを聴いたとして印象に残るものがないような気がする。

その中で、ヴァイオリンのグリンゴルツが印象に残った。演奏したのは、ヴィエニャフスキの伝説曲とサラサーテのカルメン幻想曲である。特に後者であるが、なかなか個性的な演奏であった。スペインらしさというかラテン系の感じがなく、ややしっとりとした肌触りの演奏である。弱音や特にハーモニクスが見事で、息をつめて見守りたいような繊細な演奏である。技巧的な曲であるが、とりたてて技巧を表に出さないが、それでいてテクニックの素晴らしさが感じられるという素晴らしい演奏である。難しい曲をそうとは感じさせないというのが一番のテクニックではないかと思う。

こういう演奏を聴くと、もっとしっかりとしたプログラムで、協奏曲などを丸々1曲聴いてみたいと思わざるを得ない。そう考えると、ガラ・コンサートは、たくさんの演奏家の演奏が入ったサンプラーCDのようなものかもしれない。

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2007年10月12日 (金)

下野&京響定期

下野竜也さんといえば大フィルの指揮研究員であっただけに、これまでから関西とも縁の深い方だが、今回、京響の定期に初登場された。以前、ふれあいコンサートには呼んでいただけに、定期への登場がもっと早くてもよかったと思われる。

さて、曲目は、バッハ、ベートーヴェン、フランクと一見脈絡がないようなプログラムである。

メインのフランクの交響曲から触れるが、この曲は実演で聴いてあまり感心したことがない曲である。おそらく、ベートーヴェンやブラームスなど一流の作曲家に比べるとオーケストレーションに難があるんだろう。しかしながら、今日の下野さんは健闘したと思われる。様々な楽器をブレンドして、オルガンのような響きを生み出していくところは、ブルックナーを得意とする朝比奈隆の薫陶を受けた下野さんの真骨頂という感じである。

一方、本来、オルガン演奏であったものを編曲したバッハの「パッサカリアとフーガ」の方は、その魅力が十分に活かしきれていない感がある。練習不足か、それともややデッドな京都コンサートホールの響きに上手く対応しきれていなかったからであろうか。

2曲の間には、今大活躍の小菅優をソリストに迎えたベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。ここでは、小菅さんのソロが光った。ベートーヴェンをじっくり読み込んで、小菅さん流に現代的な感覚で捉えなおされている。いろんなフレーズがとても新鮮であり、あれ、ベートーヴェンってこんな曲を書いていたのかと思わせるような斬新な演奏である。ベートーヴェンらしくないとも思えるが、若さゆえの大胆な挑戦だと思う。京響も上手にサポートしていた。

こう見ていくと、フランクの演奏で朝比奈隆のブルックナーを思わせながら、ベートーヴェンで朝比奈とはまったく違う演奏を作り出す下野さんとは個性的な指揮者だと思われる。

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